昨夜書いたテキスト・エディターのTera Padが0,90になっていたのでヴァージョンアップをした。通常のテキストファイルはファイルをクリックするとTera Padで開くように関連付けされているので、横書きで構わないものはすべてこれ。
などと「Vevtor」やら「窓の杜」をふらついているうちに「てきすたー896」というフリーのエディターが目についた。ただのエディターではなく、方言変換辞書つきのエディターで、標準語で書かれた文章を、名古屋弁、大阪弁、コギャル風、どらまちっく風、時代劇風、ザマス風など五十もある辞書で一発変換してくれるフリー・ソフト。
試しにダウンロードした。
レジストリに残らないということなので適用な場所にフォルダを置いて、exeファイルをクリックするだけで起動。
適当にパソコン内にあるテキストファイルを開く。できればまじめ、深刻そうな文章がいい。
それを様々な方言、文体に変換してみる。辞書自体がそう多くの方言や言葉を収録してないせいか、語尾だけが同じことばの繰り返しになっていたり、すべてがそのまま使える訳ではない。
「どらまちっく風」は誇張表現でちょっと面白かったが。
いちばんいいのは、自分で辞書を作ってみることですが、この地方の方言辞書を作ってもあまり面白くはなさそう。
ここから、山梨、静岡にかけては「ずら」くらいしか特徴がない。
この地特有の方言といえば「ず」がある。
「明日ジャスコへ行こう」は
「明日ジャスコへ行かず」となる。「行かず」の「ず」は否定の「ず」ではないのです。 一説には武田信玄の間者を欺くために「行こう」を「行かず」と言ったというのですが、眉唾のような気がします。
「ずら」については
「あのひとはいいひとでしょう」が
「あのひとはいいひとずら」になる。
そういえば「ドカベン」の脇役、殿馬(とのま)が何かというと「ずらずら」言っていたが、彼は山梨、静岡ラインの育ちだったのか。
方言変換辞書で思い出した。「プラトンの洞窟」においてある「パタフィジックなお部屋」にも方言変換CGIなどへのリンクをずらずら並べてあるのだが、作成してからだいぶ時間が経過しているのでリンク切れがひどいのではないか。そう思ってあのヘンな部屋へ久しぶりに行ってみたら、やはりリンク切れ、少しですがありました。CGIはサーバーに負荷がかかり、なかなか同じURLには居られないので仕方ないのですが。
「詩人の辞書」はまだ生きてました。これも面白いCGIで、適当に言葉を入れるとそれを頭にしてかなりシュールな詩を書いてくれるのです。
方言で面白いのは「んだんだくん」、「ずうずうくん」、「文書変換江戸っ子」、「バーチャル達川くん(広島弁)」、「博多弁コンバータ」、など。
ほかに、「世界猫化計画」、「世界幼児語化計画」、「愛の手紙代筆くん」なども健在。
誰にも遊んでもらえない時には面白いので、リンク切れは整理しておこう。
殿馬は、水島新司のお気に入りのキャラだったのでしょう、「野球狂の詩」にもいましたね。水島新司には、ほかにも色々な作品に出てくるキャラがあり、もしかしたら、インテル・テクスチュアリテではないけれど、自作を関連づけた全体化の目論見があったのかも…。
返信削除方言は、小説にも上手に使ってみたいとは思いますが、親しんでいないものがやると、ただいやらしいだけになって、すごくわざとらしくなってしまうんですよねぇ。
大江健三郎が書く四国の方言が、語尾が「が」で、最初のうちは、接続助詞の「が」で終わるように思ってしまい、なんともひっかかりのある口調のおばあさんだなぁ、と感じられましたっけ。「そうですが」なんて科白を、「そうなんだけれど」という意味に読んでしまい、いちいち反語的なおばあちゃんに思えて、人物像がズレてしまいました。なかなか難しいものです。私の父は京都の出ですが、京都弁の「かってくる」も、借りてくる、で、ズレますね。「行かず」も含め、こうした話は、落語のネタにでもなりそうです。
お名前入れました。
返信削除小説に方言を使えるのは、自分が育った場所の方言だけですね。ほかは怖くてとても使えません。
それから個性際立つほどの方言の方が使うにしても得ですね。
まあ、今夜の方言辞書や方言コンバータは、どこまでも遊びですから。
そうでなければ時間をかけて自分で方言辞書を作ればいいんですが、結構相当な時間がかかりそうです。
名前の件、お手数をおかけしてしまい申し訳ないです。
返信削除谷崎の「卍」や、野坂みたいに、ある種の無邪気さのなかで、コトバの美しさに触れられれば、方言も使えるのかなぁと思いながら、やはりテレビなどの影響下にあって、方言そのものが崩壊と流通の両面を抱えた今や、使う側も、無邪気になれない、ということかもしれませんね。音としてのコトバという面に、どれだけ敏感になれるのだろうとか考えると、例えば、「渦」の中の方言が思い出されるとともに、音としての、あの納富さん特有の擬音語や擬態語も思い出されます。