2006年11月2日木曜日

自分で食べるものを自分で作ることの卑しさ、いやらしさ

 春の五月に、その時期には空いてしまうビニール・ハウスにミニトマトを4種類植えた。ただし、通常栽培されるようなやり方ではない。
 ただ植えただけで、特別に肥料はやらない。殺虫剤、殺菌剤の類も一度も散布しない。普通は支柱を立てたり紐に絡みつけたりして立てて栽培するのだが、それもしないので、いわゆる西瓜のように地這い栽培である。その上、トマト栽培で必ずされる横芽欠きもしないので枝から枝へ、どんどん枝分かれしてどれが主枝だか、どれが分枝だかも判然としないくらい繁茂している。
 そして、秋になるまで放任しておく。旧盆を過ぎて気温が下がり始めると、急激に糖度が上がるのである。
 
 かくして、本日の収穫。果物かお菓子のように、甘い。

061101minitomato.jpg

 この3連休中に自家用水田の脱穀作業をする予定。
 小さい水田一枚なので大型コンバインでの刈り取りではなく、先に稲刈り、ハゼ架けして天日乾燥したものを脱穀する。
 しかも通常は籾摺りという作業をして玄米にして出荷したり保存しておいたりするのであるが、わが家では自家用分は籾のまま保存し、自家用精米機で一度に15kgずつ籾から精米する。何とも贅沢な。

 それにしても、以前も書いたが、「自分で食べるものは自分で作ります」と言えば殊勝に聞こえるが、裏を返せば「ひとの分までは作りません」と言っているのとおんなじで、なぜか卑しさ、いやらしさ、うしろめたさがつきまとってしまうのはなぜ?

 しかし、かつては100万円で買えた自動車が今では200数十万。米は60kg・2万円くらいだったものが昨年は14,500円、今年は14,000円とも言います。
 つまりかつては50俵で100万円の車が買えたのに、今では160俵も出さないと買えないという……物価のバランスがひどく不公平に壊れていると思いません? 
 つまり、米は自動車の3分の一という超低・物価上昇率。

 つまり、かくして米つくりや農業では食えないので、後継者はほとんどなく、十年後、二十年後には日本人は、お金持ちはアメリカはカリフォルニア米、そうでないひとは中国で栽培される廉価米、国産米を食べているのはごくわずか残った第二種兼業自家用米栽培農家だけ、なんちゃって~。

 今夜はすべて独り言でございますw。

2 件のコメント:

  1. こんばんは!
    ミニトマト、なんておいしそう。。。
    我が家では、ミニトマトを買ってきて塩を振り、5日間ほど天日干ししては、オリーブオイルにつけて、トマト料理に使っています。
    とてもおいしいです。このお写真に触発されて(?)今日、またドライトマトを作りはじめました。
    しかし、このブログを拝見させていただくたびに、知的好奇心もさることながら、お腹の虫も刺激されて、グーグー鳴ってしまいます。。。

    返信削除
  2. ドライトマトですか。
     なるほど、大量のミニトマトもこれだと保存しておけますね。
     情報、感謝です。
     ネットで作り方を検索してみました。
     電子レンジとかオーブンでも作れるようですが、今は天日干しにもってこいの天候ですし、自然乾燥のほうが味もよろしいでしょう。
     この連休中にチャレンジしてみたいです。

    返信削除