「私は筆を執つても一向気乗りがせぬ。どうもくだらなくて仕方ない。……子供が戦争ごつこをやつたり、飯事をやる。丁度さう云つた心持ちだ。そりや私の技倆が不足な故もあらうが、併しどんなに技倆が優れてゐたからつて、真実の事は書ける筈がないよ。
よし自分の頭には解つてゐても、夫をロにし文にする時にはどうしても間違つて来る、真実の事はなかなか出ない。髣髴として解るのは、各自の一生涯を見たらばその上に幾らか現はれて来るので、小説の上ぢや到底嘘つばちより外書けんと斯う頭から極めて掛つてゐる所があるから、私にや弥々真剣になれない。
併しながら、斯う云ふと、私一人を以て凡ての人を律するやうに取られるかも知らんが、さう云ふ心持でもないんだ。
私一人がいけないんだね。ただ自分がさういふ心持で、筆を持つちやあどうしても真剣になれんからなれるといふ人の心持が想像されない。真の文学者の心持が解らん。だから真剣になれるといふ人があれば私は疑ふ。が、単に疑ふだけで決してその心持にやなれぬと断定するまでの信念を持つてゐる訳ではない」 (「私は懐疑派だ」)
ふうむ、すでにあの時代の四迷が小説に対してこんな感慨を抱いていたとは……。
目からウロコが、百枚くらい落ちた(嘘)。
二葉亭が小説についてここまで真剣に考えていたというのに、誰だ?! 日本の文学史を「私小説」ごときで穢してしまったのは~~~~。
四迷という名も伊達ではなかったのだ。
それを言うなら、まぁ、私の場合は千迷か万迷、いや億迷でしょう……(ーー;)。
小説家を「男子一生の仕事にあらず」といって、経済人になろうとしたのも四迷だったと思います。二十数年後にまたぞろ小説を書いたりし、あげくインド洋上に死す、なんてカッコいい文人でしょ・・・。そういえば、ペンネームの由来は「くたばっちまめぇ」だったかと記憶します。
返信削除まだ学生の頃、今も師匠と呼ぶ人に百閒を読んだらこんな小説が書きたくなって書いてみました、と、自分としては百閒風の小説を見てもらったら、「百閒にはほど遠いね。そうだなぁ、五十閒、いやニ十閒くらいかな」と言われてしまいました。
百閒も一筋縄では捕まえられない作家ですね。
返信削除小説だかエッセイだか境界線の無いような怪しい作品ばかりで、私も大好きです。
ニ十閒どころか、たとえ一閒でも半閒でもあやかりたいです。