2010年1月14日木曜日

ノイローゼの文学

 相変わらず、ネットで検索。もっとまじめに英語を覚えておけばよかった。
 同じようなルバーブ狂いのおじさんのブログを発見。世界のどこにもブヴァールとペキュシェみたいな人物はいるもので、なぜか安堵。
 そういえば、RSSリーダーに登録している方の記事に同じフロベールのボヴァリー夫人のことが書かれていた。同様に買ったまま積読状態なのを思い出し、読まなければいけないなと思いつつも、最近はどうも男女の間のことを書いた小説が読めなくなっているので積極的に探し出す気にはならない。
 若い頃にはチェーホフのカーチャにすっかり入れ揚げていたくせに、この頃はカーチャみたいな女性が目の前にいたら真っ先に逃げ出すだろうし、眉に唾を付けて一切の言葉を真に受けないだろう。太宰の「トカトントン」をノイローゼの文学と言ったのは尊敬していたHさんで、聞いた当時は内心かなり反撥をしたものだった。その伝で言えば、カーチャでさえも、ただの心を病んでいる女性に過ぎなくなる。翻って、文学は医学ではないのだし、もともと病んでいる人間を描くものだからいいではないかという考えも成り立つ、のだけど。
 数年前に亡くなったTさんが「女に興味が無くなったらお終いだぜ、小説も書けなくなる」と言っていたのを思い出す。Tさんのような私小説は決して書かないつもりなのだけど......意味深長。

 HさんやTさんのように、こちらの胸の奥まで沁みてくるようなことをいうひとが居なくなってしまった。

 また聴いてしまおう。本家のトム・ウェイツよりも洗練されてかっこいい。

 
 あれ、ダイアナ・クラールの動画がまた増えています。


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