昨夜から今朝まで12時間以上ネットに接続できない状況が続き、その後も途切れることがあった。あまりに長かったので、NTTとプロバイダの障害情報を見たが、何も書かれていない。こういう場合、インターネットのどこで切れていたのかまったく判らないので、困ったものです。長い停電と同じでつながるまでじっと受身で待つほかありませんが。
7&Yから今日入荷というメールが着信していたので、10時以降7イレブンに行って季刊文科46を購入して来た。首都圏の書店でも見つからないということなので、田舎の書店にあるはずもなく、10日の夜に注文して13日に届いたのはネット書店の恩恵である。速いのはAmazonだが、こちらは1500円以内は送料が必要なので、1500円以内の時やあまり急がない時は7&Yを使う。
それで早速、〈同人雑誌の現場から〉という欄に掲載されている「文芸同人誌案内」のひわきさんの「同人誌内循環」という文章を読ませていただいた。他の二つの同人誌の主宰や編集人の方の文章も併せて読んだ。それぞれの視点で書かれており、同じ同人誌の埒内に立つ者としてはどの文章にもうなづけてしまう。
どうもしかし、いつからこんなに商業誌に書くひとと同人誌に書くひとの間に垣根が出来てしまったのだろう。以前は、プロもアマも文学という名のひとつの地続きの場に立っていたような気がするのだけど。今はこんなに遠く分け隔てられているんですね。で、どちらの出来事も他人事? それじゃ困るんです。
> どちらの出来事も他人事? それじゃ困るんです。
返信削除同感です。同人誌の書き手の側にも、やはりプロとして流通している文学にたいして、文学と言う言説の場をとおして、意識する必要があると思います。相手にされないからといって、いじけてしまったり、文学とはかくあるべし、といった反動性にはまり込んでいては、閉じられていくばかりですよね。
そうですね、何となくみんながそれぞれの固定観念のなかに閉塞している感じが強いですね。通底器が何かで詰まってしまっている。
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