2008年11月3日月曜日

ブログという名の、どこまでも仮想な精神のダム

 今年になってからブログが下火になっていると実感している。
 ブログとは何か?
 それは、インターネット上で、自分が生きたり感じたり聞いたり見たり考えたりしたことを言葉で書き表し、記録保存し、またネット上でアクセスして着た方々に読んでいただいたり、「そうですよね」と同感のコメントをいただいたり、「それ、違うよ」というコメントをいただいたりする仕組みである。
 ただし、ブログの書き手というのは、どこか、暗いホールの真ん中で自分だけ照明を当てられている裸のストリッパーに似ている。自分だけが精神のストリップをしていて、それを見に来ているひとたちはどこのだれなのかも判らないのだから、ますます、ブログの書き手は身も心も、全身でもってストリッパーなのである。あるいは、マジックミラーが設置された取調室に取り残され、「そうです、間違いありません、あのひとが犯人です」と、マジック・ミラーの向こう側で断定(そして断罪)されてしまう犯罪者なのである。
 しかも、ストリッパーが毎日同じ振り付けで踊っていたら、忽ちマンネリ呼ばわりされて誰も見に来なくなる。だからブログの書き手は日々、新鮮なネタを提供すべく、書く以上に、見たり、聞いたり、読んだり、感じたり、考えたりしなければならない。
 それはまさに、黒部ダムが放水する水量をどれだけでも上回る水を貯えなければやがては渇水して干上がり、湖底を露出する運命にあるのと同じだ。
 枯渇しないためには、見たり、聞いたり、読んだり、感じたり、考えたりし続けなければならない。それが出来なければ、ブログという名の「思考と感覚のダム」はたちまち干上がる。
 そう考えれば、ブログもまた小説に劣らない言語表現でもあるのですから、決してないがしろにしてはいけません。

 でもありながら、これって「痩せ犬の遠吠え」みたいでもあり......論理矛盾な下降スパイラルに過ぎなくもあり......バッハの「無限カノン」そっくりに上昇しているようでいて実はひたすら下降しているかもしれない無限スパイラルであるかもしれなくて、その合わせ鏡に似た世界=半世界構造に疲れ、すっかり目が回ってましたwha。

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