凛として二月の父よ振り向かず茜の空を歩みゆくなり
アーリーローズとふ新種の馬鈴薯に熱あげし戦後無頼派の父
見てますね わがひとりあそびのトランプをツーテンジャックの好きな父上
四面楚歌の父の無念をねむらせてダヴォス・スキー場に二月雨降る
ニヒリスト自認しているわが父よ マリア像仰ぎ見つつ思へり
コーデリアでもなきわれをいとほしむ父の左眼がしずかに濡れる
(尾沼志づゑ 歌集『非コーデリア』冒頭の「非コーデリア」19首中の5首)
塚本邦雄さんも解題で触れているが、たった19首のなかで、よくもこんなにも父を歌ったものである。
けれどもこの父はリア王ではなく、作者自身もコーデリアではない。
どちらかといえばこれらの歌は、アガメムノンを父とするエレクトラの、エレクトラ・コンプレックスに近い。無論ここでいうコンプレックスとは、間違っても日本語で安易に語られる娘の父親への「劣等感」なのではなく、字義通りに、父性への「複雑」、あるいは「観念複合」を率直に表現した、まさに「歌」なのだ。
と思い至って、「非コーデリア」という歌集名に納得。
すばらしい歌集をいただいた。
私はやはり、たった三十一音で世界を表現し、言葉が垂直に屹立する短歌が好きなのだなあと再認識した。
もっと短い十七音で表現しようとする俳句は、あまりに言葉が少なすぎ、私には瞬間芸同様に難しすぎ、そして軽すぎ、窮屈すぎる。
塚本邦雄は何冊か自前で購入したが、森島章人さんの歌集「月光の揚力」はすばる文学賞作家である江場秀志さんから、昨年度の佐久文化賞を受賞した原田千万さんの歌集「風に帰らむ」は版元・邑書林のGさんから、「非コーデリア」は尾沼志づゑさんご自身から、みんな買わずに頂戴した本なのだけど、みんな私のお気に入り。
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