2007年2月15日木曜日

幻のボリス・ヴィアン傑作戯曲

 デジカメやスキャナーの画像を収納している「画像」フォルダのサイズがだいぶ大きくなって来たので、少し整理をしていたら、ボリス・ヴィアンの『屠殺屋入門』を初めの見開き4頁分をスキャンした物が仮想フォルダから出て来た。
 文芸誌「海」1970年11月号「特集 ボリス・ヴィアンの世界」に生田耕作訳で掲載された。後年、奢灞都館(サバト館と読む)から単行本で出たが、今や希少本でなかなか見つからないし、たまたま出てきたと思ったら何と3万円(!)もしていて、にゃんとその古書店がまた私の不倶戴天の敵である「古本H堂」なのでR。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
 と思ってもう一度検索したら、もう売れてしまったのかヒットしませんでした(泣く)。
 と思って別の検索をしたら、新たに18,000円のがヒットしました! これは買い時、でも18,000円! ああ、頭がヘンになりそう~~です。って、でも取り敢えずは手持ちの、酸化しつつある総合文芸誌『海』で読めるのだから、そんなに欲しがらなくてもいいんですが……私、実は、B・ヴィアンとA・ジャリのオタクなのでした、(*^_^*)

 以前も書いたが、ジャリの『ユビュ王』に迫って決して負けていない、ヴィアンの最高傑作戯曲であるにもかかわらず!早川書房の「ボリス・ヴィアン全集」にも収録されていないのが不思議なのである。 いずれにせよ、この題名のままでは再刊も復刊もありえないが。
 

 画像をクリックすれば拡大表示されます。

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 そういえば、RSSリーダーにキーワードを拾われて見に行った、どうやらフランスにお住まいの女性のブログに
……ボリス・ヴィアンは 妻をサルトルに寝取られた。
日々の泡には ジャン・ソオル・パルトルという哲学者が登場するが、サルトルの大著『存在と無』(レートル・エ・ル・ネアン)は、綴りを変えて『文字とネオン』(ラ・レットル・エ・ル・ネオン)になっている。
ボリス・ヴィアンのささやかな抵抗である。……
という記事があった。
 知っている人は知っているが、知らない人は知らないエピソードである。こういう風にストレートに書かれてしまうとなぜか酷薄な気分になってしまう。その最初の妻が美人なのです。
 古い記事ですがここに、そう思って見ればとても悲しい一枚の写真。


 先日入手したフォーレの歌曲集を聴きながら、ギリシア悲劇などにも想いを馳せつつ考えたのは、やはり、「神は死んだ」と誰かが叫んだ以前と以後とでは、世界それ自体が、同じように見えていても実は別物なのだ。
  若いひと並みに、ipodが欲しくなりました)

5 件のコメント:

  1. よかったらコピーしてお使いください↓
    「奢灞都館」
    でも「灞」はPCによってでない場合がありそうですね。

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  2. おお、早速コピペしました。感謝いたします。

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  3. しばらく薬の副作用でダウンしていましたが、ようやく元気になり、さっそく「存在することの習慣 フラナリー・オコナー書簡集」を、7&Yで予約しました。(4,410円は高いな~)
    岸本佐知子を検索していてぶつかったリディア・ディヴィスの「ほとんど記憶のない女」を購入し読んでいます。短いものでは数行しかないような短編ばかり。遠いところを見ている者の念の入った独り言のような。まだ読み始めたばかりですが、体の一部のように馴染んでしまった今の夫を連れて、カウボーイと結婚したい、と願っている「大学教師」など、とても面白い。
    岸本佐知子訳の「中二階」ニコルソン・ベイカーも購入。これは、Lydwine さんやeuripidesさんはご存じでしょうね。エスカレーターから入って中二階に行き着くまで、ここまで綿密にものを観察し思いにひたった小説ははじめて。本文よりも「注」のほうが面白い。肝心の岸本佐知子のほうは、エッセイ集をうっかりしてダブル注文してしまいました。タイトルは「ねにもつタイプ」。まだ届きません。

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  4. 15日恒例の赤提灯から帰って参りました。
     「存在することの習慣」、4,410円は高いですよね。
     でもマス・セール出来ないから小部数出版となり、高くなるのであって、本として出るだけでもよしとしなくてはいけないのでしょうね。
     ソ連いしても、こんな状況だと二十歳前後にたくさん本を読まなければならない若者たちはどうなるんでしょう。だから文学でないジャンルへ行ってしまうのでしょうか。
    あ、岸本佐知子さん、全く読んだことがありません。

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  5. 岸本佐知子、「気になる部分」を3分の2読みました。とにかく笑えます。電車のなかでは読まない方がいい。突然、笑いが襲ってくるから。
    小学生のころの筆者の回想で、透明人間のように存在感がなく、グループ作りではいつも忘れられ取り残される、不活発なヤセッポチで、オドオドとした、クラスの縁辺にひっそりと棲息する「ガイコツ」という綽名の女の子。という部分では、「えっ? これはもろ、私のことじゃないの?」と驚き、世間は繰り返すもので、時代を問わず発想が同じなんだ、と感じました。私だけではないと思います。「これって私のこと?」と思うのは。こんなに内容の詰まったエッセイは初めてです。
    意表を突く独特の発想が凄いです。そして、読者はいつのまにか筆者と同化してしまう。けっこう、読み応えがあります。「ねにもつタイプ」が届くのが、すごく楽しみです。

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