手書きの創作メモを再開してそのよさを再認識。
たったひとこと、たった一行がひとつの場面、光景を切り開く原初のMotionとなりうる。
この頃、「闘争的」という言葉が頭の中に常在していて、闘争的でなければ小説など書けないという思いが強くなっている。
といっても古代ギリシアで言われるところのAgon(アゴーン)。生きること自体が一種の闘争であるという、自己と他者、自己と自己との闘争。
いつの間にか温和になってしまって、あまりに様々なことを受容しすぎてしまったような気がする。もっと闘争的にならなければいけないのだ。
などとつまらないことを考えながら、文芸誌「Agon」とか、文芸誌「出現」とか、相変わらず気に入った名前は浮かばず、どうも、考え感じる脳の泉はすっかり枯れあがってしまっている模様。
バッテリーを交換して以来、電源トラブルが消滅していたかのように見えたが、今夜、また電源ONに手こずった。
本気で次の機種の選定を考えなければならないのかもしれない。
まだすぐにという訳にはいかないが、ワープロソフトのほかに画像ファイルと音声ファイルをいじるので、CPUとメモリだけは大きいものにしよう。
このパソコン、まだ5年(もう5年?)なのだけれど、買い外れた?
WordとExcelとIEとOutlook Expressしか使わない妻が、先日、私のパソコンのデスク・トップを覘いてそこに張りついているアプリケーションのアイコンの多さにあきれていた。
そうそう、ひとりだけ、同人誌終刊号の表紙を「今度のがいちばんいい」と言ってくれたひとが、ひとり、いた。
うれしい。ありがとう。
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