2010年3月1日月曜日

近くて遠い、遠くて近い距離

 行き詰まると、アリストテレスの「詩学」を開く。
 それも昭和42年7月10日発行の星三つの岩波文庫である。二十歳の歳に中野駅近くの書店で購入したもので、レジで5000円札を出して購入し、つり銭を確認せずにジーンズのポケットに突っ込んで店を出た。そしてアパートに帰ってポケットからつり銭を出して驚いた。5000円で150円の文庫本を買ったのだから4850円のはずが、9850円あったのだった。5000円しか持って出なかったはずなのに、何と5000円も増えていた。つまりレジの女の子は5000円札を10000円札と間違えてお釣りを出したのだった。その頃はまだまじめだった私は、あわててまた電車に乗って隣駅まで行き、書店のレジで訳を説明し、5000円を返却した。つり銭を間違えた女の子はもうレジにはいなくて、別の女の子がレジにいて、呼ばれて来た男性の店員がもう一度話を聞き、5000円を受け取った。
 日曜日の昼近くにアパートのドアをノックする音がして、飲み友達が来たと思ってドアを開けると見知らぬ女の子が立っていた。岸田劉生の「麗子」みたいな髪と顔をした女のだった。
「わたし、〇〇書店の△△と申します。先日はわたしが間違えたお釣りをわざわざ返しに来ていただいて、ほんとうにありがとうございました。」
 そういって差し出された菓子折りを私は受け取ってしまい、再度の感謝の言葉とともにドアは閉じられてしまった。それでお話は終わりなのだが、一ヶ月後に私は彼女と著名は鎌倉、東慶寺の墓地で作家や文化人の墓碑を見て回っていた。警戒心のまったくない子で、その滑らかな腕で私の腕にからみついてきたが、その後は会っていない。
               これではまるで唾棄すべき私小説、風......(ーー;) 


 その「詩学」の120頁。

 次に、詩人が描いたものは事実と反すると攻撃されたならば、多分『否、それはそうでなくてはならないのだ』と、丁度ソフォクレスの弁明のやうに主張し得るであらう。ソフォクレスは『余は人間をそうあるべき如くに描くのに反して、エウリピデスは人間をありのままに描く』と言った。もしも詩人の描いたものが、事実も、また理想も捉へてゐないならば、彼は「世間にさう伝はる」と答えたらよい。
            

            アリストテレス「詩学」松浦嘉一訳・岩波文庫・昭和42年・第13刷


 人間をそうあるべき如くに描く作家と、ありのままに描く作家。
 赦す作家と責める作家にパラレル。
 「照葉樹」の水木さんと垂水さんとパラレル。
 その近くて遠い距離。遠くて近い距離。

 

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