2010年3月18日木曜日

眠くなるのも小説を書くのも

 たまたまあることですが、昨夜は強い睡魔に襲われて堂々10時間の爆睡でした。赤ちゃん睡眠です。だいぶすっきりはしましたが、書きかけの感想が停止したままで困ったものです。
 (と書いた後で感想をふたつ、どこまでも私の偏った読み方に過ぎないことを承知した上であえて追加しました)

 色川武大さんがナルコレプシーだったのは有名ですが、昔、友人から紹介された女の子と神奈川県立近代美術館へ行くために東京駅から電車に乗って、品川あたりで不意にその子の頭が左肩にもたれかかって来て、え? と思いました。まったくそういう関係ではなかったし、ずいぶん冷汗が出ました。どうも眠ってしまったらしいのです。大船あたりまでその状態が続いたので、首や肩が緊張続きで凝ってしまいました。
 鎌倉駅について小町通を抜け、美術館のある鶴ヶ岡八幡宮の方へ歩きながら話しました。
「電車の中でほとんど眠っていたけど、仕事で疲れているの?」
「うーん、そうじゃなくて、わたし、ナルコレプシーなの」
「ナルコレプシー? 何、それ」
 無知な青年は訊きました。
「いつでも、どこでも眠くなる病気」
「そんな病気、あるの」
「あるのよ。困ったことに仕事中にも眠ってしまうので、会社をクビになりそう」
「病院に行ってるの?」
「うん、行ってるよ」
「治る?」
「いつかはね」
 あの時、観たのはムンク展だったような気がしますが、記憶が確かではありません。J・アンソール展? いや、あれは京都だったか。




 さあ書くぞと勢い込んでパソコンに向かっても案外脳の働きは鈍いままで、ただテキスト・エディターか一太郎の画面をにらみつけているだけで終わってしまうことが多いけれど、仕事中で、しかもデスクワークではなく体を使う肉体労働、それも出来れば複雑な仕事ではなく単純労働をしながら小説のことを考えている時、俄然、脳細胞が活発に動き始め、登場人物のイメージがより明確になったり、主人公が喋ったり行動し始めたりすることがある。
 今日もそうだった。あわてて仕事が一区切りつくのを待って、仕事用のノートの一枚にメモを書き始めたが、すべてをメモすることは出来なかった(泣)。ああいう時、仕事など放り出して構わずメモを取るべきなのであろう。二十代か三十代前半だったらすべてを記憶していて、ある程度の時間を経ても原稿に再現できるのだろうけど、もうそれも無理。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
 でも、少しは覚えていて、小説の背骨である構成上のヒントは忘れていないのが救いです。
 ル・クレジオの「調書」。実は未読なのですが、少し気にかかるので図書館にあるか検索してみよう。無かったら新刊検索、古書検索です。

 眠くなるのも小説を書くのも、二十歳の頃のことをありありと思い出すのも、みんな脳の働き。不思議。

2 件のコメント:

  1. 小説・書くひと=読むひと・ネットに拙作の感想を頂戴し、感謝申し上げます。
    書き直されるとのことで、岩代が見た時には削除しておられましたが、
    euripidesさんからの励ましのお言葉、ちょっぴり胸が熱くなりました。
    本当にありがとうございます。
    euripidesさんも新品の執筆に取り組んでおられるようで嬉しく思います。
    どうかご健筆をお祈り申し上げます。
    追伸)
    「さまざまな場所に私はいて」、まだこれからなのですが、
    冒頭をちらっと読むと、安吾を思い起こさせますね。
    今はバタバタしてるので、一段落してから、じっくり読ませていただきます。

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  2. 岩代さんの作品についての感想、自分で読み返してあまりに抽象的な物言いだけに終わっていて愕然とし、書き直しを決意していったん削除させていただきました。もうしばらくお待ち下さい。
     私の作品が載った号は名刺代わりですので、お気遣いなく。こんな変な物しか書けませんというご挨拶です。

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