ここ数日完全に動きを停止し、難破船と化してしまった下手くそきわまりない創作を、乗り上げてしまった暗礁から脱出させるべく、そのBGMをBillie HolidayでもNina Simoneでもなく、India Alieの「Strange Furuits」に変更しました。(小説を書くのにBGMなんて脳天気なものですが......)
なぜIndia Alieかというと、Billie HolidayやNina Simoneよりもstatic(静的)でHard-boiledな歌唱だから。
ストーリーなどどうでもいいではないかとばかりに、過剰な情動は排除して、static(静的)でHard-boiledな描写だけで成立している小説を書きたいと願っているから、あえてIndia Alieなのです。
小説は「散文」なのですからどこまでも叙情を排し、StaticでHard-boiledな叙事に徹しなければなりません。「叙事」を小説の身の丈に合わせていえば、即ち「描写」。
その描写も、人間のフィジカルなAction(言動)を外側から描くだけでなく、メンタル(精神)の動きを専ら描写するのであってもいいはずだ。
19世紀から20世紀中盤までは、小説とは、人間の言動を外から描く叙事であったが、21世紀は人間の精神の動きを内側からStaticかつHard-boiledに描く叙事であってもいいのではないか。というか、われわれにはもはやそういう「精神の運動=ロマン」を描写する方法しか残されていないのではないかと思う。人間の「行為=言動=ストーリー」が「ロマン」であった時代はすでに終わっている。
そうそう、それから私は、一人称と三人称が=である小説を書きたいのだった。そう、ストーリーだけでなく、人称さえもどうでもいいのです。ストーリーも人称も超えた小説を私は書きたい。それが書けなければ、もう書こうとするのはやめようじゃないかとさえ思う。(とてつもない誇大妄想です)
書きかけの原稿の題名も変更しましたが、それは発行まで伏せることにした。書いたら完全にネタバレです......。
これまでに誰かが書いたり、自分が書いて来たのと似たような小説、単なる再生産の小説なんて、書きたくないですよね。そんなものを書くのだったら、書かずにただ生きている方がまし。そう思いませんか。 思わない? そんなら君と話をしない(汗)。
えーと、もしも更新が途絶えたら、額に鉢巻して、そこに(ローソクじゃない)鉛筆を挿しまくって鬼のような顔でパソコンに向かっているか、小説を書くのを諦めて趣味の菜園に没頭しているかのどちらかだとお思い下さい、ませ。
赤坂真理の「彼が彼女の女だった頃」の「桃」を読みました。書き方はまったく叙情的ではなく、突き放して、叙事的ですね。それなのに、あふれるほど、むせかえるほど、叙情的な官能的なものが後に残る。凄い筆力です。
返信削除写真のオヤマボクチに、まじまじと見つめられました。本当に妙に人間的な面白い花ですね~。
竜巻きに巻き込まれて行くかのようなトルネード記事でした^^
返信削除「こういうのが書きたい!」っていう欲求がすごく強くて、ここまで書きたいものがハッキリしていれば、締め切り間に合うのじゃないでしょうか。きっと大丈夫ですヨ。ぜひ書いてください。楽しみに待っています♪
Nさん、「桃」、読まれましたか。
返信削除そうですね、叙事的ではありますが、彼女のヒリヒリするような感覚も確実に伝わって来て、かなりネガティブではありますが、桃ってやはり官能的な果物ですね。わが市も桃の産地でしたが、最近は高齢化でだいぶ桃の木が切られ、宅地化されていて残念です。
日本はもう農業で生計を立てられる国ではなくなってしまったようです。事故米騒動に象徴されるように、日本中の企業が安くて利益を得られる原材料の確保に血道をあげております。
もう、資本主義ならぬ大資本主義でさえもかく破綻しているのに、われらはまだ船を下りることが出来ない(って、「桃」からすごく脱線してしまいました。申し訳ありません)のです。
kairouさん、酔っ払いの戯言に終わる可能性99,99%です。
明日から当分ブログ更新を休止しようかと考えています。それで書ければいいのですが、むしろ書けそうもないので休止みたいな、最悪な感じですが、(ーー;)