2008年4月19日土曜日

せめてさりげなく一個のレモンを置いてから

 動画投稿サイトで井上陽水の歌を聴きまくりながら、自分の原稿の校正をする振りをして推敲を続ける、汗、(ーー;)

 残るふたりの校正が戻って来た時点が時間切れで、それも終了せざるをえないが、それにしてもどうしてこんなに自分が書きたいと念願してきた小説の形に程遠いものしか書けないのか。
 書けないのになぜ、自分に失望も絶望もせずに書くことから撤退しないのか。
 せめてさりげなく一個のレモンを置いてから撤退したいもの。
 

 私の本であるシオランの『絶望のきわみにて』を配偶者が勝手に持ち出して読んでいた。あなたが読むような本ではありませんぞ。
 私の物であるwasabia japonicaの貧弱なので残しておいた苗の残りを、配偶者が勝手に庭のモミジの木の下にびっしり植え込んでいた。増えるのを予測して粗く植えているのに、断りもなしに窮屈に植えまくって、どういうこと? 

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