こんなペースではとても間に合わないが、スタイルは固まった。また「天窓のあるガレージ」のスタイル。
解りにくく、小説ともいえず、一瞬の場面のみの連続。
人物はみな「私・わたし・あたし」で一人称を逆手に取っての換骨奪胎。
でも、いつ難破するか。こんなのは小説ではないと考えると一気に意欲が減衰する。
小説でなくてもいい、存在のある状態を描写する、それだけでいいじゃないか、と思え。
あるいは、ものを書くという行為は人間という不合理きわまりない存在の言動や描写する「イタコ」の所業のようなものではないのか?! 物言えぬ存在に代わってイタコする。
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