2006年10月26日木曜日

ただの貧乏性

 同人誌の編集から手が離れたので、昨夜からこのブログ・システムのヴァージョンアップとか、レイアウトやデザインの変更とかについてネット上で研究。
 レンタル・ブログと違って、自分で設置しているブログは、壊したり崩したりした場合は自分で修復しなければならないので、そう簡単に変更できないのです。
 しかも、このブログを設置しているレンタル・サーバーは一応、配偶者名義で、配偶者のウェブやブログの陰に居候している格好なので、ブログのデザイン変更は大家のブログデザインにも影響が出るやも知れず、「私のブログ、壊した~」とか、最悪の場合「私のブログが消えた~」とか言われそうなので、確信が持てない作業は出来ないのです。
 記事のバックアップもしておかなければならないし、何でも自分でしてしまうのはただの貧乏性の証にすぎません。
 やはりレンタル・ブログの方が気楽でいいですね、とほほ。

 シュペルヴィェル「飼葉桶を囲む牛とロバ」読了。キリスト生誕の小屋での、キリストやマリアではなくそこに居合わせた牛が主人公。やはり埴谷さんが書かれた「ガリラヤ湖の魚」と「チーナカ豆」を思い出してしまった。
 人間は人間の視点に立った小説、男は男の視点に立った小説しか書けない、読めない、といった状況が普通だが、こういう風に思いもよらない視点に立つ作品は視界が新鮮だし、人間を客観的あるいは批判的に考察するためには実に理にかなった方法だ。

 そういえば、井伏鱒二の「山椒魚」と、フリオ・コルタサルの「山椒魚」(『遊戯の終り』木村榮一訳・国書刊行会・1982年第二刷・2,200円)を思い出した。後者は特に見ている側から見られる山椒魚の側へいつのまにか視点が移動していて驚かされた。コルタサルは井伏の「山椒魚」を読んでいないだろうけど……。
 

3 件のコメント:

  1. 私のブログに書き込みありがとうございます。
    はじめは力んでしまいます。これでは続かないぞ、と自戒しております。
    しかし、プロフィールが書けなくて・・・。公開をやめてしまいました。
    なるほど自前のサーバーだったのですね。私は、PC購入が昨年だし、仕事で使っていたといっても、決まったソフトの範囲でしたから、サーバー構築なんてとてもじゃない。素人丸出しで、ココログです・・・。
    そういえば、勝手に長野文学サイトさんまでリンクしちゃいました。あのリンク集は素晴らしいので。というわけで、勝手な振る舞いを陳謝とともに、今後ともよろしくお願いします。m(_ _)m

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  2. あ、サーバーは自前でなくレンタルで、そこにブログ・ツールをインストールしているだけです。
     プロフィール、見ましたよ。いい雰囲気ですね。
     インターネットは自由なリンクによって成立していると考えていますので、リンクフリーとは宣言していませんが、ご自由にどうぞ、です。

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  3. あ、ほんとだ。ちゃんとレンタル・サーバーって書いてありましたね。
    でも、すくなくとも私が利用しているレンタル・ブログはやっぱり制約があります。とはいっても、まだまだ使いこなしていませんが。
    プロフィールは、こちらに書き込んだ後で、試行錯誤、もう一度UPしたのでした。だけど、いまだ悩んでます。

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