満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた。これが書き出しである。満九十歳の誕生日に! さすがマルケス。
年下の女ともだち(ブログに書く時はそう書けと妻に強要されているので、失礼いたしますw)に、枯れた檜扇(ヒオウギ)の写真を撮ってくれと頼まれた。多分、ブログにアップするのであろう。全体を撮ってもどうも気に入った写真にならない。要するに檜扇(ヒオウギ)の実が問題なのだろうから、茎の下の方はファインダーからはずした。
この檜扇(ヒオウギ)の黒い実が、いわゆる「ぬばたま」である。
いにしえの ふひとのうたうぬばたまをながめてもなお 言葉なき私 (山の娘)これは「ぬばたま」を妻に届けてくれたKさんの作。
言葉としての「ぬばたま」は、「黒」や「夜」、「髪」などの枕詞として使われるのが普通だが、Kさんはぬばたま自体の光に映っているであろう自分を歌っている。最後の「言葉なき私」が効いています。
安藤昌益の『自然真営道』というのは、あの時代に書かれたものとしては破格の奇書のようである。検索してみたら、関東大震災で大分消失して全巻はないらしいが、東洋文庫に収録されている模様。東洋文庫ならばかつて『ミリンダ王の問い』を借り出した記憶もあり(その後、日本の古本屋で購入)、わが田舎図書館にもあったはずと図書館のネット検索システムにアクセス。やはりありました。読めそうな時に、一度借り出してみよう。
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