2011年1月29日土曜日

豊かな散文としての小説

 とうとう、あと三日で原稿締め切り。
 多くの言葉がdeleteキーかBackspaceキーにかき消されてしまい、一向に前へ進めない。これでは、短編というより掌編になってしまうのではないか。筒井康隆氏の、あの、ごくごく短いショートショートが思い出される。
 その先の言語芸術は短歌俳句しかないではありませんか。
 でも、そんな風に痩せてはいけなません。
 多くの言葉を費やしてこそ、豊かな散文としての小説は形作られる。
 小説は、言葉を倹約したり、制限してはいけない。多くの言葉で、微に入り細にわたって存在と現象を描き出さねばならない。

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