出力なんてカッコつけていますが、要するにプリント・アウトしただけ。
印刷をお願いしている会社でデータの出力見本を必ずつけて下さいなんていうものだから、つい。
そういえば、表紙フルカラー化しようかどうしようか悩んでいるのですが、一応、フルカラーの場合のデータの出し方を、昨夜のうちに印刷会社にメールで質問を出しておいたら、今朝、返信があった。これまで通りのデータファイルでOKですと。ただし格安印刷な上に、「カラーモードがRGBの為、弊社にて印刷用のカラーモード(CMYK)に変換した場合、若干色の変化(ややくすむ)がございますのでご了承くださいませ」とのこと。少しくらいくすんでも構わないので試してみたいような、しかし、白と黒のモノクロームの魅力も捨て難く......悩みます。
自分の鵺のような作品、まだ書き終わらない。タイム・リミットまでに滑り込めるか、OUTになるか?
OUTになったら、ただの編集発行人になってしまう覚悟。
このブログを閉鎖して書くことに専心した方がいいとは思うのですが、考えようによっては、このブログ自体が、「私小説」だけは書きたくないと思っている私の「私小説」としての役割を負っているのではないか、と考えられないこともなく......うーん、堂々巡りというか、恐怖のデフレ&ネガティブ・スパイラル。
かつて若い頃に所属した同人誌に、文学論を語らせれば一流の評論家にも負けないであろうひとがいた。あまりに凄いので、まだ一度もその同人誌に作品を掲載したことがなかったそのひとに向かって、「一度、あなたが書いたものが読みたい」と言ってしまった。
まもなく、彼の小説が同人誌に掲載された。それが見事に期待を裏切る、小説と言うのも恥ずかしくなってしまうくらいの下手くそな作文で呆れた。
眼高手低の見本みたいなひとだった。悪いことを言ってしまったと、ずっと後悔しています。結局、彼もメンタルな病気を病んでいたのでした。
文学論や小難しい理屈など一切口にしないけど、いい小説を書くひとがいた。
その反対に、文学論や理屈は素晴らしいけれど、書くものは別人かと思うくらい下手なひともいた。
私自身も、どちらかといえばほぼ後者。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される
漱石はこう書きましたが、智に働くひとは「嘘も方便ー虚構(フィクション)派」、情に棹差すタイプのひとは「嘘はつけないまじめ人間=私小説」派、なんて腑分けしたら、双方から叱られそうですね。
真夏の密やかな楽しみ。
深夜にパソコンもキーを叩きながらちょっと手を休め、冷蔵庫で冷え冷えになった桃太郎トマト(自家製)を出してきて南米産の岩塩を振って食べること。
ただし、噛んだ瞬間にトマトの種やゼリー状の液がパソコンのモニターやキー・ボードに飛び散ったりしないように気をつけないといけません。
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