前半は、睦夫という64歳のジャズバー経営者と34歳のピアニスト麻美という、親子ほどの年齢差のふたりがどのような関係を築いてゆくのかとひきつけられて、前へ前へと読み進めた。
けっこう細部をつめて書いておられるので、どのような展開があるか、期待が持てた。
が、途中、麻美と杉尾という商社マンの仲を疑うあたりから、これはエンタテインメント系の小説なのかなと感じはじめた。その後、保険勧誘のいきさつが書かれ、終わりの4行で、あ、やっぱりそうだったんだ、と納得した。後半はサスペンスものなのでした。そういう意味では最後の4行は決めるべく決められた着地点にぴたりとおさまっている。
残念なのは、作品半ばころからこういう結末をあちらこちらで示唆するような場所があり、ある意味ではこの最後は読者にとうに見透かされてしまうだろうということでした。
これは余談ですが、麻美がそうせざるを得ない状況というものを描き出すために、睦夫の視点からではなく、麻美の側から書いたとしたらどうだったのだろうと考えてしまいました。それだとまったく別の小説になってしまいますが、睦夫の側から見た麻美というのが、どうも外側から浅くしか捉えられないのに歯がゆい思いをしました。
でも、120~130枚の長さを一度も立ち止まらずに読ませた筆力と根気には感心しました。
「三叉路」垂水薫
読み始めてじきに、この天上天下阻むものもないであろう一人称ひとり語りに爆(苦)笑させられました。
そしてじきに、以前、自分がブログなどに書き散らしたJ・ジョイスの『ユリシーズ』の最終18章の「ペネロペイア」を思い出してしまいました。
くだくだ説明するよりいいと思うので、その書き出しを少し引用します。
Yesだって先にはぜったいしなかったことよ朝の食じを卵を2つつけてベッドの中で食べたいと言うなんてシティアームズホテルを引きはらってからはずうっとあのころあのひとは亭しゅ関ぱくでいつも病人みたいな声を出して引きこもっているみたいなふりをしていっしょけんめいあのしわくちゃなミセス・オーダンの気を引こうとして自ぶんではずいぶん取り入っているつもりだったのにあのばばあと来たらみんな自ぶんと自ぶんのたましいのめいふくを祈るミサのため寄ふしてあたしたちにはなんにも残さないなんてあんなひどいけちんぼあるかしらメチルをまぜたアルコールに4ペンスつかうのだってびくびくものでいつも自ぶんの持病の話ばかりあれやこれやそれから政じの話や地しんのことやらこの世の終わりのことやらうんざりするおしゃべりばかりまずすこしはたのしみましょうよ世の中の女がみんなああいうふうになったらどうしますか水着やデコルテのわる口を言ってたけれども......(集英社文庫・丸谷才一、永川玲二、高松雄一訳)
といった句読点、改行無しの文章が文庫本で17頁続きます。
垂水さんの「三叉路」には句読点も改行も普通にあって、この「ペネロペイア」の訳文の、ちょっと慣れるまでの読みにくさはありません。
しかし、女性一人称の激烈で圧倒的な独白体に終始している点では共通していると言えます。
しかも、眠いといいながら、車を運転しながら、なおかつ休まずしゃべっていることの不自然などどこかに忘れて来てしまったかのように、この主人公はひたすらしゃべる。とてもおかしくて何度も笑ってしまいました。
ただひとつ難点は、ずっと一本調子ということでしょうか。ややもするとかなり躁状態にあるおばさんが眠らずしゃべりつづけているといった、ちょっと軽い感じで続いてしまいがちなので、少し抑えた部分、あるいはしっとりした部分があったりしたらどうでしょう。
案外、ジョイス張りに句読点改行無しだったら面白かったような気もしますが、でももうジョイスに先を越されてしまっているので二番煎じのそしりを受けてしまいますしね。でも、人間てこんなものかもしれないと思わせる、面白い着想の作品でした。
「慶賀の客」垂水薫
一読、怖い小説である。凡庸な男性読者には、ことさら怖い。
(気がついたらなぜか、照葉樹6号の3作品はみな主人公や副主人公の女性が怖い。女性の怖さを表現しようと目論まれたのだったら、どの作品も成功であろう)
「慶賀の客」で圧巻なのは、77頁の、美也が叔母にとって因縁の着物の袖を引き裂く場面の描写である。叔母と美也ふたり分の憤怒が袖を引きちぎる行為に凝縮されている。
垂水さんに才能を感じるのは、こういう密度の濃い描写力なのです。叔母の印象が希薄であったり、叔父が人間として薄っぺらであっても、それを補って余る描写がそこにはある。こういう部分がありさえすれば、短編は完璧でなくてもいいのだと思いました。
ご感想を本当にありがとうございました。
返信削除いちいち、納得できるご批評で、まさに図星でぐさり!とやられました。
でも「嬉しい」です。
また、書きたい〜〜と心は前向きです。
今後ともよろしくお願いいたします!
ryoさん、私の感想はほんとうに雑駁で簡単すぎて、申し訳ないと思っています。
返信削除Lydwine.さんのように丁寧に書かなければいけないんです。