2007年5月13日日曜日

ギョ、ギョ、ギョエテか、ビューヒネルか

 野坂昭如氏出演のCM、「ソ、ソ、ソクラテスか、プラトンか、♪♪~みいんな悩んで大きくなった♪♪~」を思い出してしまいました。
 「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という有名な川柳がありますが、ビュヒナーも同じことを言うかもしれません。
 昨年古書検索でビューヒナーの本を検索しまくっている時に、どこでだったか、ゲオルク・ビューヒネルというのがゲオルク・ビューヒナーのことだと知ったので、面白半分でゲオルク・ビューヒネルで古書検索をかけてみた。
 すると、ゲオルク・ビューヒネル作品全集『ダントンの死、他四篇』(青木重孝訳・昭和16年9月25日、白水社刊、一圓八十銭)がヒットしたのです。
 1000円ちょっとだったので掘り出し物と思い、速攻で注文し、入手しました。
 新訳もいいですが、戦前お翻訳の旧仮名遣いはなかなかいい雰囲気があり、今や宝物です。
 二階堂麦焼酎など飲みながら読んだら、最高でしょう。
 まさか、ビューヒナーがビューヒネルだなんて、戦後の人間には思いもよりません。
 こんな風に検索の妙のようなものが確かにあって、だから古書検索はやめられないのです。 

 先日、地元書店に行ったところ、いつもはベストセラーしか置いてない翻訳書の棚に、マルケスの復刊がずらっと並んでいるのは当然のことだが、フラナリー・オコナー書簡集『存在することの習慣』があってびっくりした。こんな田舎書店に配本されるはずもない本があったのです。あ、岩波と同じで筑摩書房は創業者が長野県出身なので県内の書店には特に配本しているとか、そんなことはないでしょう。
 その書簡集がこちらを向いてじっと見ているんです。その時は持ち合わせがなかったのでそのまま店を出ましたが、それ以来あの本の表情が気になって気になって。(て、本に表情があるかどうか)
 夕方、仕事をしまってから書店へ行って彼女を獲得して来ました。(本は女性名詞でしたか?)

 それにしても、何年か前にフロリダの大学に通っている方とフォークナーのことで何度かメールをやり取りし、その中で、今のアメリカではフォークナーでさえ読まれていないが、もうひとりもっと読まれるべき作家として彼女がフラナリー・オコナーの名をあげていた、それが最初の記憶。
 そして何年か後にNさんのエッセイで火をつけられて実際に小説を読み始めた。
 あの、善か悪か、敵か味方かというような単純思考しか出来ない大統領を産んだ国家に、これだけ人間の悪、否定的側面を注視してやまない作家がいたのか、それも女性で、と感心した。
 Nさんはフラナリーの作品に光明を見るらしいが、私は光明を見出せないケースの方が多い。たとえば『善人はなかなかいない』のどこに光明が見えるだろう? 光明などこにも見出せない世界になおも私たちは生きている、いや、それでも私たちは生きることが出来る。
 それが恩寵でもあり、(またそういう存在が存在すると仮定しての話ですが)神への反逆でもあります。フラナリーも書くことで恩寵と反逆の背反を同時に行なったのではないでしょうか。恩寵が反逆であり、反逆が恩寵であるような……と書いて、あ、サドを想起してしまいました。

 今日は「S野作家」の主宰者であった「T井久さんを偲ぶ会」の日。
 

9 件のコメント:

  1. 「善人はなかなかいない」では、微かな光明は、次の場面に感じます。おばあちゃんがいよいよ殺されることを悟る場面です。キリストが死人を甦らせた奇跡に関して男は言うところ。
    「おれはそこにいたわけじゃないから、イエスが死人をよみがえられせなかったとは言い切れない」〈はみ出しもの〉が言う。「おれはその場にいたかった」彼がこぶしで地面を打った。「いられなく残念だよ。もしいたら、はっきりわかったのに。そうだろうが。」声が高くなった。「もしその場にいたら、はっきりわかったのに。そうすれば、おれはこういう人間にならずにすんだんだ」泣きわめく声に変わる寸前だった。おばあちゃんはその一瞬、頭が澄み渡った。目の前に、泣き出さんばかりの男の顔がある。男に向かっておばあちゃんはつぶやいた。「まあ、あんたは私の赤ちゃんだよ。私の実の子供だよ!」おばあちゃんは手を伸ばして男の肩にふれた。
    この場面が、この短編のすべてです。
    おばあちゃんは、この瞬間、自分を殺す男を赦したのです。
    キリストが磔にされるときに、並んで十字架に磔になった盗賊を許し、磔にする群衆を赦したように。
    そこに殺される惨めな人間ではなくなったおばあちゃんがいます。普段はどっちかというと、愚かな人間であるおばあちゃんなのに、崇高な澄み切った死で人生を終えます。

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  2. それもほんの一瞬の光明で、時間が経つと重く虚しいものに取って変わるんです。
     オコナーのように確固たる信仰が無いせいなのかなと考えたりしますが。
     私がネガティブ過ぎるんです。オコナーについてはしばらく書くのをやめておきます。

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  3. ああ、何だか申し訳ないことになってしまって……。

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  4. いいえ、申し訳なくないですよ。ただ、他の皆さんもお出でになられるので、あまりネガティブなことを書いて皆さんの気分を暗くしてしまってはいけないと、ただそれだけですので、オコナーを読んだり考えたりするのをやめる訳ではありません。
     小説は横に寄せて、書簡集の方をぼちぼち読み進めます。

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  5. 了解致しました。

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  6. いろいろなことを感じすぎて、考え込むことが、最近続いておりました。
    体力気力がひどく落ちている現在の私の状況では、しばらく、こういう場からは遠ざかっていた方が、良いような気がします。これからも、たまには、いくつかのブログを覗くことはあるかもしれませんが、コメントを書き込むことはもう、これを最後にしよう、と思いました。
    しばらく、初心に戻って、ひとりだけの世界のなかで、自分が書きたいものを、楽しく自由に書きたい、と思っております。11月の同人誌には、間に合わないかもしれません。
    皆様の同人誌は楽しみにしております。

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  7. こちらこそ、申し訳ないことをいたしました。
     

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  8. 今朝ワイドショーで野坂さんのCMを見て
    ギョエテのつぎになにと言っておられるのか
    聞きとれず検索してみるとこちらに至りました。
    ビューヒネルなのですね。
    はじめて目にする名前です。
    解説ありがとうございます。

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  9. あの歌のギョエテに続くのはビューヒネルではなくシルレル(劇作家のシラー)だったと思います。
     私がここにビューヒネルの名を出したのは、ギョエテ、ビューヒネル、シルレル、みな英語読みではないから書いただけなのでした。

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