二十一歳の年の暑い夏の日に、京都・奈良を旅行しました。
ひとりでか、ふたりでかは忘れました。
何日めかに浄瑠璃寺から柳生の里へ回りました。
田んぼの畦道を歩いていたら、足元に蝉が落ちて転がっていました。
まだブルブルと体を震わせていました。
反射的に蝉を拾い、半袖シャツのポケットに入れました。
柳生十兵衛が剣の修行をした場所とかを歩き、それからまたバスに乗って次は秋篠寺に向かいました。拝観料を徴収している小さな建物の窓口に、若い坊さんと、その奥さんらしい人が並んで座っていて、しかも奥さんの胸にはかわいい男の赤ちゃんが抱かれていました。三人がこっちを向いてニコニコしているのです。
技芸天像を拝観して寺の出口に向かいました。ふっと胸ポケットに手をやると、蝉はもう動かなくなっていました。そこに石仏がありました。そこに蝉のしかばねをそっと置き、誰にも見られなかったのを確認して一目散に、夕暮れの西大寺駅へ向かいました。
ふっと思い出して、あの親子三人の今を想像したりします。
「二十一歳の年の暑い夏の日に」と、「京都・奈良を旅行しました」が繋がると、せつない風景が見えてきます。
返信削除蝉のように「ブルブルと体を震わせて」生きる人の姿が見えてきます。
これがたとえば、四十一歳のなんでもない日曜日に、京都・奈良を訪れました、となれば、風景が変わってしまう。言葉って、おもしろいですね、化学変化します(あたりまえのことを書いて、すみません 汗)。
私の知っている京都・奈良の風景が見えました。こういう空気でした。あの時の赤ちゃんは、もう大人でしょうか。お母さんの胸から離れて生きているのでしょうか。あの古臭いお寺はそれをただ見ているだけですね。その眼差しが、あったかい、です。
あの頃はむやみにあちこちさまよっていました。
返信削除鎌倉の東慶寺で、あまりにたくさんの有名人のお墓があって、その探索をしたり、飛騨高山から能登半島をぐるっと回って、ニーチェやキルケゴールの真似をして鼻と呼ばれる小さな岬の突端に立って気取ってみたり、今にして思えば青春の客気というものだったんでしょうが、懐かしいです。