2011年10月30日日曜日

不可逆な会話

「お客さん、何だか、一週間が7日だったり、8日だったり、10日だったりしません?」
 行きつけのバーで、まだこの店に雇われママとして勤め始めて半月もしないミナという子が、カウンター越しに妙に親しげな表情で私に言った。この店に毎晩通っているのは私だけだから。
「それは、ロシア民謡の『一週間』や、ビートルズの『8days a week』や、五月みどりの『一週間に十日来い』の世界じゃない?」
「何それ? わたしはそんなの知らないけど、時間がきちんと同じペースで刻まれているなんて、わたし、とても信じられないの。時間て、もっと気まぐれに早く進んだり、停止してしまったり、猛烈なスピードで可逆不可能な進み方をしたりする」
「可逆不可能な進み方?」
「そう、可逆不可能な進み方」
「それはややこしい言い方だ。簡単に不可逆といえばいいのに」
「言い方の違いなんてどうでもいいの。何だかな、昨日はとても早く過ぎ去ってしまったのに、今日は亀みたいに遅いのよ時間が経つのが。この頃というか、二十歳過ぎたら妙に時間の進み方がめちゃくちゃになってしまったわ。小学生や中学生や高校生の頃って、時間が過ぎるのが遅くて遅くて、早く大人になりたかったのに、今じゃ一年があっという間で、急な坂道を転げ落ちるみたいに歳を取って、そしてあっという間に婆さんになっちまうのよわたし」
 カウンターの向こうでそう言い放つミナはまだ21歳のはずだったが、何だかほんとうに婆さんのように見えた。髪は白いし、両瞼の下はくすんで小皺がいっぱいだったし、そのくたびれ果ててたるんだ頬の皮膚や肉のさらに奥に、私は人体の頭蓋骨をイマージュしてしまったくらいだった。
「あんただってそうよね。若ぶった身なりをしてはいるけれど、ほら、やだね、入れ歯がはずれて飛び出しそうだし、さっきからずっとポケットに手を入れて何を探してるのよ。もうお勘定して帰りたいの?」

 若者の姿も幼児の姿も絶えて見えなくなったこの更地通りに、かろうじて一軒だけ残っているバーで毎晩繰り返されている不可逆な会話が、こうして夜な夜な反復されるのだ。

2 件のコメント:

  1. おひさしぶりです。
    時間が伸びたり縮んだりするのは、なぜでしょうね…。
    カレンダーを毎日消していっていますが、消し忘れもたびたびで、昨日と今日と一昨日の見分けがつかず、携帯電話で日にちを確認してます。
    これは単なる脳の認識の衰えでしょうか。それとも、人間は時間をきちんと体感できないのでしょうか。猫を見ていると、規則正しく一斉に睡眠をとります。体に刻み込まれた本能でしょうが、人間は本能が衰えているのでしょうか。夜中に変なコメントですみません。

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  2. ��さん、こちらこそご無沙汰しています。
    物理的というか、外的時間は律儀に進んでいますが、人間にとっての内的時間は伸びたり縮んだり、停止したりしますね。早い話が、いやなことをしている時間は長く感じるし、楽しいことをしている時はあっという間。
    私はいつも思うんですが、寝たと思えばもう起きる時刻、そして起きたと思えばもう寝る時刻。その繰り返しで、今日が今日なのか昨日なのか判らなくなりますよね。
    小説も外的時間の側から書くと時制やストーリーは一貫しても、こういう時間の伸び縮みなどを表現することはできませんよね。
    >夜中に変なコメントですみません。
     いえいえ、私も夜中にヘンなことばかり考えていますので、ご遠慮なく。

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