この片田舎の小さな街を川下から川上に向かって歩いてゆくと、旧市街のゴーストタウンを通り過ぎ、やがて新しいショッピングセンターに囲まれた新幹線駅に至る。
歩き疲れて駅横に設置されている公園のベンチで、駅前の自動販売機で買ったアルミ缶入りの無糖コーヒーを飲んでいると、いったん目の前を通過したミニスカートの少女がくるりと向きを変え、戻って来て言った。
「ねえ、おじちゃん、わたし、財布を無くしちゃった。お金貸してちょうだい」
見れば幼い顔つきでどう見ても中学生だった。
「携帯持っていないの?」
「持ってるよ」
「それじゃ家に電話してお母さんに持ってきてもらったら?」
「そんなの居ねえよ」
「じゃ、お父さんだ」
「昼間から酒飲んでいるか、女を連れ込んでいるかで、来る訳ねえし、お金もねえし、近いうちに天罰下って死んでしまうだろうし、わたしにはまともな両親がいないし」
「そうか、それは失礼したね」
「そうだよ、かなり失礼だよな。わたしのいちばん痛いところばかり突いて来てさ。この落とし前、どうつけてくれるのさ」
アイラインとつけ睫毛で強調され過ぎな怖い瞳でぐっと睨みつけながら、少女はベンチの隣に腰を下ろした。パンツ丸見えにならない程度に短いスカートから、太ももが生々しく露出している。
「ところで、何円必要?」
「へ、見かけによらず物分りのいいおじちゃん」
「その、おじちゃんはやめてくれないかな」
「だってどこから見てもおじちゃんだし、名前知らないし」
「そうか、そうだな」
「三万円」
「え? 中学生が三万円ってちょっと欲張り過ぎと思うけど」
「中学生じゃねえよ、高校二年生だよ、童顔だからってバカにするんじゃないよ」
「それは失礼しました」
「ほんと、失礼」
「ただ三万円くれとは言わない。好きにしていいよ」
「淫行罪に問われるのは嫌だから、一万円あげる」
「ただ貰うのはやだよう。わたしのささやかなポリシーに反しているし」
「難しいお嬢ちゃんだね」
「わたしはお嬢ちゃんじゃないよ。嫌われ者のハキダメ菊だよ」
「へえ、ハキダメ菊を知っているのか」
「掃き溜めの鶴ならまだ救われるけど、あのチンケなハキダメ菊なんてかっこ悪いよな。生まれて来た意味ないし」
「一万円でいいのか、三万円欲しいのか?」
「そりゃ、三万円に決まってるじゃん」
私はズボンの後ろポケットから財布を出し、一万円札を出した。
「おじさんも貧しい身の上なので三万円は無理なので一万円で我慢出来る?」
「我慢出来る、ありがとう」
「結構、素直なんだね」
「そう、わたし、ほんとうは素直なんだ。おじちゃん、案外、解っているんだね」
「それじゃ、これで、お家に帰ろう」
「おじちゃんは帰りたいお家があるんだ」
「一応ね」
「一応でも二応でも三応でも、帰りたいお家があるのは羨まちい限りでちゅ」
とふざけた口調で応答する少女の顔をまじまじみつめているうちに、どうも彼女が高校生でも中学生でもなく、小学校六年生のように見えて来て困った。
「思ったより可愛いね。名前を教えてくれない?」
「ミオだよ。未だに生まれないって書く」
「いい名前だ」
「良くないよ。良くないし、いったい誰が名づけたのかさえ判らないし、わたしのほんとうの父親が誰で、母親が誰なのかさえ判らないし、わたしはそれを知りたいんだよ。突然姿を消してしまったお母ちゃんが、わたしの実の父親は悪魔だったって言ってたけね。今の父親も、結構な悪魔だとわたしは思ってる。わたしにすべての悪いことを強要する悪魔。酔うと言うんだよね、存在と現象はすべて意識的であらねばならないとか、善であるためにはすべては意識的であらねばならない。ただし、それを言うなら悪であるためにもすべては意識的であらねばならない。そんなことを言いながら、わたしにこんな風に物乞いさせるんだから、この上なくアホだし、あんなの父親じゃないし、それくらいだったらわたし、橋の下に棄てられていた子の方がましだし」
と言いながら少女は私の手から一万円札をひらりと掠め取り、ベンチから立ち上がってその短いスカートからはみ出しているお尻のきわどい曲線を右に左に動かしながら、駅とは反対の方角へと去って行った。
まだ緑の少ない新設の公園のどこからか、カナカナだか蜩だか判らない鳴き声が聴こえて来た。私も駅に背を向け、再び歩きはじめた。
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