ある方が福島の原発から25kmの村に行かれて、その際に撮影された写真を何枚か添付したメールを、今日いただいた。
住民のほとんどが避難して、田畑が草に覆われている光景に胸がいたむ。
老人を中心に200人ほどがあえて帰宅し生活しているという、そのことにも胸がいたむ。
自分の家や村、町、市に住めずに避難先で暮らしているひとたちの不自由を思うと、それも胸がいたむ。
原発での必死の放射能封じ込め作業や被害をこうむった住民や産業への補償の大きさを考えると、まだ口に出していってはいけないことなのかも知れないが、国民にこれだけ大きな犠牲を強いている東電の法的責任は問われないのだろうか? 想定外の事故のせいにして済ます訳にはいかないだろう。
現実の出来事があまりに大きすぎると虚構は愚にもつかない影絵のようなものに成り下がってしまい勝ちだが、何とか、この現実に拮抗出来、さらに現実をいい方向に動かしてゆくような「虚構」って無いものだろうか。
0 件のコメント:
コメントを投稿