2012年1月16日月曜日

一日でも一時間でも一分でも一秒でも

 今年も旧友Tから年賀状が来た。
 いつも元日には届かず、3日か4日頃に届くのだけれど、届いてほっとした。
宛名は手書きだが、謹賀新年以下は郵便局に備えられているハンコ。そして自筆の文章は
 「ガン転移、病院転々、盆正月」、これだけ。
 ひとりで生きて伴侶も得ず、そして癌病棟を転々としている
 何とも悲しいけれども、でも彼がまだ生きているのはうれしい。

 彼とは、お互いが二十歳を越えた頃に何故かずいぶん接近してお互いのアパートを訪ね合い、安ウィスキーを飲んで朝まで語り合った。
 私はたいして飲めなかったが、彼はどんなに飲んでも酔わない体質だった。
 常に話題の中心となったのは、当時刊行途中であった冬樹社版の「坂口安吾全集」の一冊、そのなかの一作、一行、一言一句だった。坂口安吾について語っていれば二十四時間だって四十八時間だって話していられた。
 夏休みに大阪府下にある彼の実家にも行ったが、酒乱の父から逃げて行ってしまった母親を尋ねる旅に同道させられ、レンタカーで奈良の田舎道を運転させられた。
 結局、彼の母親の行方は知れなかったが、秋篠寺や浄瑠璃寺を巡った。蝉の鳴き声だけが響いている、暑い日だった。
 その前年には高山から富山、石川、能登半島を一周した。共通の知り合いである女の子を誘ったのだけど、危険と判断されたのか彼女は来なくて、男ふたりの旅だった。
 最後は姫川温泉で宿泊してストリップ小屋にも行った。踊り子が時々パチンと自分の体を叩くのが蚊を叩いているのだと知って、宿に帰ってからふたりで泣き笑いしたのだった。

 以下は、その彼と夢中になって読んだ坂口安吾に教えられた、宮沢賢治の一編の詩。


 
眼にて云ふ          宮沢賢治

 だめでせう
 止まりませんな
 がぶがぶ湧いてゐるですからな
 ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
 そこらは青くしんしんとして
 どうも間もなく死にさうです
 けれどもなんといゝ風でせう
 もう清明が近いので
 あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
 きれいな風が来るですな
 もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
 秋草のやうな波をたて
 焼痕のある藺草のむしろも青いです
 あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
 黒いフロックコートを召して
 こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
 これで死んでもまづは文句もありません
 血がでてゐるにかゝはらず
 こんなにのんきで苦しくないのは
 魂魄なかばからだをはなれたのですかな
 たゞどうも血のために
 それを云へないのがひどいです
 あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
 わたくしから見えるのは
 やっぱりきれいな青ぞらと
 すきとほった風ばかりです。

 一日でも一時間でも一分でも一秒でも、T、生きていようよ、な。

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