2011年9月11日日曜日

すれからしの言葉しか出て来ない

午後、ほんとうに久しぶりに新幹線駅近くのショッピングセンターへでかけた。ふだんは混雑を嫌って足を向けないのだが、久しぶりに行って驚いた。土日の旧商店街はそれこそゴーストタウンで老人の姿さえ見えないのだけど、ここには子どもたちや若者、都会風のお姉さんたちまでガヤガヤしている。スターバックスもここにはあって、何と満席に近い。
妻の勧めで綿パンを一本買ったが裾直しが一時間後だというので、食料品を買うのに付き合って、さらにふたりで書店で時間調整していて、結局以下の2冊を購入してしまった。
「地上の見知らぬ少年」J・M・G・ル・クレジオ 河出書房新社 2800円「信州蕎麦ごのみ」山口美緒 信濃毎日新聞社 1400円

ル・クレジオの本は発行されたことを知った時から欲しいと思っていたので、よかった。書き出しからして泣かせる。

いつまでも、どこまでも、ぼくはあなたに話していたい。ただ単に言葉でしかない言葉ではなく、大空にまで、彼方にまで、海にまで至るような言葉で。


 ガーン。すれからしの言葉しか出て来ない私に比べて、何と無垢な言葉かと打ちのめされてしまいそう。
 腰巻にはこういう言葉が印刷されている。
どこか私でもあり、おそらくはあなたでもあります。あてもなくぶらつき、理屈抜きでものごとを見つめる人なのです――ル・クレジオ

 小説の起源を遡ってゆくと叙事詩に行き当たるというのが実感される小説だ。

追記

 訳者あとがきによれば、本書は「海を見たことがなかった少年」と並行して書かれた長編エッセイである、と。
 へえ、そうだったんですか。
 小説であれエッセイであれ、ル・クレジオの思考や感性の動くままに書かれたエクリチュールであることに間違いはない。ジャンル分けなど無意味な領域の、純度が極めて高いエクリチュールである。

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