だいぶ、更新をズル休みしていました。
一昨年に購入したまま積読になっていた新潮文庫「ダブりナーズ」J・ジョイス、柳瀬尚紀訳を枕元に置いておいて、少し読んでみた。先ず、お気に入りの「エブリン」を読んでみたが、どうも若い頃に先に読んだ、同じ新潮文庫の安藤一郎訳「ダブリン市民」のなかの「エブリン」の文章が残っていて、それが邪魔をして読み進められない。
柳瀬訳が良くないとか、そういうのではなく、先に読んだ安藤訳が身に滲みて、体の中にまで入ってしまっているのでどうしようもない。
これはカフカの断片もそうであって、たとえば角川文庫の「ある流刑地の話」本野亨一訳のなかにある「観察」という断片集も、この本野訳が身に滲みこんでいて、多分、他の訳を読んでもすんなり体の中に入って来ないかもしれない。
今日の夕食は、母親はSuperばあさん仲間と焼肉レストランで外食、妻は低血圧でめまい吐き気ということで、ひとりさびしく(嘘、ひとり楽しく)十割蕎麦で鴨なんばんならぬ、鶏なんばん。
近所の家から時々、ダシ取り用の削ったカツオブシの袋を複数回いただいて、これがたくさんあるのでしっかりとダシを取り、返しとあわせて少し味を調整し、鶏肉と自家菜園の下仁田ネギとで温かい蕎麦にした。
ゆで立てだと温かくてもちゃんと蕎麦の味がしますので、おいしい。
妻には、お餅があったので寝たまま食べることが出来るように、焼いて海苔を巻いたのとインスタントのクリームスープを届けておきました。
おや、夜になったら治ったんですか。つくづく、夜型人間ですね。
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